◆◇ ―イラク戦争を問う―  私たちの内面をも蹂躙 ◆◇
辺見 庸[ 作家 ]  (2003.3.22  朝日新聞)
“新しい中世”とでもいいたくなる荒ぶる風景が眼前に立ち上がった。ハイテク兵器を操る野蛮な「帝国」が、絶対暴力で世界を統べようというのだ。発想はあまりに中世的であり、新しいのは兵器システムだけなのだ。人は理不尽に、そして確実に殺されている。
米英両軍による画時代ともいえる暴挙はイラクの人と大地を手ひどく痛めつけているだけでなく、じつは戦火からはるか離れた私たちの内面をも深く侵している。なぜなら、今回の武力行使が人倫の根源に背くものであるにもかかわらず、私たちは直ちに制止する術を知らず、多くの人々の身体が爆弾で千切れ、焼き尽くされるのをただ悲しみと怒りのなかで想像するほかないからである。
思えば、私たちの内面もまた米英軍に爆撃されているのであり、胸のうちは戦車や軍靴により蹂躙されているのだ。全世界でわき起こっているこれだけの反戦の声を無視して強行された軍事侵略がもしこのまま正当化されるなら、それはイラク市民にとっての悲劇にとどまらず、人倫全体への危害を意味し、あまねく世界規模の精神の敗北にさえつながりかねない。
問題の本質は米英が国連安保理の承認を得ずして開戦に踏みきったことにあるのではない。よしんば安保理が一致してそれを認めたにせよ、このたびの軍事行動は人道上いささかも合理化できるものではないのだ。イラクに核兵器開発の証拠はなかった。9・11テロやアルカイダとの関係も立証されていない。湾岸戦争の大敗北とその後の制裁で弱りきったイラク軍にはさしあたり、米英に脅威をあたえる力などあるわけもなかった。
大統領宮殿の査察という屈辱に耐え、ミサイル廃棄にも応じたフセイン政権の語られざる本音は、強気の反米発言と裏腹に、“命ごい”だったともいわれる。いや、だれよりイラクの民衆が平和と生命の安全を請うていた。心の中で<助けてくれ>と叫んでいる者たちに、米英はしかし、話し合いの手を差し伸べるのでなく、問答無用と爆弾を落とした。フセイン大統領はまぎれもない圧制者ではあるけれど、米英の仕業は非道であり、永遠に記憶され裁かれるべき戦争犯罪である。
世界の軍事費総額約8千億ドルの4割強となる国防予算をもち、8千もの有効核弾頭を保有し、戦術核並みのMOABなど新型大量破壊兵器を次から次へと開発している人類史上最大の軍事帝国、米国。ネオ・コンサーバティブ(新保守主義)グループに牛耳られたこの戦争超大国の粗暴な政権が事実上、世界の暴力独占権を握り、国際社会の「準則」を国連にも国際条約にもよらず、いまや自国の都合で決定しようとしている。彼らが依拠しているのは、最高度に電子化された兵器と戦争の組織体系、大量殺戮をメディアの目から隠すバーチャルなシステム、すなわち人類がかつて手にしたこともない絶対暴力である。
米国のみが「先制攻撃」という名の侵略権や他国の指導者に対する暗殺権を有するとする彼らの思想は、近代国民国家のものというより病的なまでに古く専制的であり、忍耐の要る対話をすぐに拒む蛮人のそれというほかはない。換言すれば、高度に技術化された蛮人が世界を仕切ろうとしているのである。
戦慄せざるを得ないのは、小泉首相がこの「帝国」の絶対暴力にためらわず支持を与えたことだ。しかもその弁明ではイラクに結びつけて北朝鮮の「脅威」がほのめかされていた。ということは、「帝国」の絶対暴力が対イラク戦後、日本を出撃基地として一気に朝鮮半島に向けられるかもしれない恐怖のプロセスを小泉氏は是としているということであろうか。それまでに有事法案を採択し、「帝国」の戦争におおいに協力しようというのか。イラク反戦を叫びつつ、私たちは朝鮮半島のからむ私たちの近未来の地獄絵をも想像しなければならない。
騙し絵のような米軍提供の戦争映像の奥に、隠された無告の人々の惨憺たる死骸を見る必要がある。米軍がどのように演出しようとも無血の清潔な戦争などない。いま彼方(かなた)の戦争に反対することは、来るべき此方(こなた)の戦争を拒むことにも通じるのだ。  
[戻る]