<私の視点>
◆◇ これは「戦争」ではない  --- カブールで考えたこと ◆◇
辺見 庸[ 作家 ]  (2002.01.08  朝日新聞)
 この身で風景に分け入り、ありとある感官を総動員して紡ぐ言葉と、書斎で想像をたくましくしてつづる文言の「誤差」が、どうにも気になってしかたがなかった。だから、私はカブールに行ってみた。はたして、誤差はどうだったのか。ほんの短期間の取材だったけれども、米軍によるアフガニスタン報復攻撃に強く反対する私の考え方には、豪も変化がなかった。この点、修正の要はない。いや、アフガン取材後、非道な報復攻撃への憤りは、かえっていやひましにつのった、といっておこう。ただ、もともとの想定をあらためざるをえない点、そして、風景の細部なのだけれど私にとっては大きな発見が、いくつかあった。
ターコイズブルーの絵の具を塗り、上薬をかけ、さらに布で丁寧に磨きたてたようなカブールの空に、私はいつも見ほれていた。市内のアスマイ山頂から見はるかす街並みも、賢者たちの設計による中世の都市の遺跡に似て、なにやら夢見心地になるほど美しい。そう、この街を見るときに、ふさぎこまないですむやり方を私は考え出そうとした。いわば、悲しみを避けるための遠近法だ。それは、空を見上げているか、もしくは、なるべく遠めに像を見ること。
武力制圧者の「正義」
だが、そんな遠近法は、実際には、荒ぶる風景にたちまちにして壊されてしまう。国連機でカブールのバグラム空港に降り立ったそのときから、怒り、悲嘆、疑問が、胸底でたぎり始めるのだ。空港で私の荷物チェックをしたのは、アフガンの係員ではなく、米海兵隊員とその軍用犬であった。いかなる手続きを経て米国がそうした権限を得るにいたったか問うても、まともな答えは返ってこないであろう。武力で制圧したものが、ここでは「正義」なのである。
遠目にしていようという心の声を振り切って、私の眼はたくさんの人の眼に吸い寄せられていった。たとえば、米軍による誤爆現場で生き残った幼児のまなざし。ものすごい爆裂音で鼓膜も破れてしまったその子は、精神に変調をきたし、たえず全身を痙攣させながら声を立てて笑っていた。他のショック死した多くの赤ん坊や老人にくらべれば、その子はラッキーだったといえるだろうか。眼が、しかし、笑ってはいないのだ。血も凍るような光景を瞳に残したまま、これ以上はない恐怖のまなざしで、頬と声だけがへらへらと笑っているのである。ジョージ・W・ブッシュ氏のいう「文明対野蛮」の戦争の、紛れもない実相がここにある。全体、誰が野蛮なのか。
カブールが「解放」され、女性たちがブルカを脱ぎはじめているというテレビ報道があった。しかし、この遠近法には狂いがある。ほとんどの女性はブルカを脱いではいない。
やはり、もっと近づいてみたほうがいいのだ。あるとき、私は煮しめたような色のブルカを着た物ごいの女性に近づいてみた。凍てつく路上に痩せこけた半裸の赤ん坊を転がして、同情を買おうとしていた。顔面中央を覆うメッシュごしに、彼女の眼光がきらめいた。案外に若い女性であった。これほど強い眼の光を私は見たことがない。その光は、哀願だけでない、譴責、糾弾、絶望の色をこもごも帯びて、私をぶすりと刺した。ブルカは脱ぐも脱がないもない、しばしば、生きんがための屈辱を隠してもいるのだと知った。
一方的「襲撃」だった。
夜の帳に包まれると、カブールではひどくたくさんの犬が遠吠えする。なにを訴えたいのか、ただ飢えているだけなのか、長い戦乱の果ての廃墟で、まだタリバーン兵の死体が多数埋まっているという瓦礫の上で、犬たちが臓腑を絞るような深い声で鳴きつづける。じっと聞いていると気がふれそうになるから、ときどき両手で耳を覆いつつ、私は考えた。戦争の定義が、武力による国家間の闘争であるなら、これは断じて「戦争」ではない、と。誰に訊ねても、激しい交戦などほとんどなかったというのだ。それでは、米英両軍によってなされたこととは、いったいなんだったのだろう。それは、国際法も人倫の根源も全て無視した、計画的かつ一方的「襲撃」だったのではないか。
クラスター爆弾の不発弾が無数に散乱するカブール郊外の麦畑で、私はひとしきり想像した。全く同じ条件下にあるならば、米軍はアフガンに対して行ったような理不尽極まりない空爆を、ボンやリヨンやメルボルンに対し、やれるモノであろうか、と。クラスター爆弾だけでない、戦術核なみの威力のある燃料気化爆弾(ディジーカッター)を、アフガンより数百倍も生活の豊かなそれらの現代都市に投下することができるのか。おそらく、やれはしない。そこにも、アフガンへの報復攻撃の途方もない犯罪性があるのではないか。このたびの報復攻撃の裏には、冷徹な国家の論理だけではない、誰もが公言をはばかる人種差別がある、と私は思う。それにあえて触れない報道や言説に、いったいどれほどの有効性があるのか ―― 私は怪しむ。
本当の国家再建遠のく。
それにしても、米国支援でタリバーン政権を倒した北部同盟軍の規律のなさはどうだろう。まるで清末の腐敗した軍閥である。幹部が昼日中から街のレストランに居座り、飢えた民衆を尻目に盛大に食事をしている。子細に見ると、それら幹部は、いまのところ形勢有利なタジク系のスンニ派であり、かつてタリバーンを形成していたパシュトゥン人らは肩を落とし、小さくなっている。だが、北部同盟軍の将兵らには何ヶ月も給料が支払われていないという。彼らは、かつてタリバーン兵がいた兵営で、なにするでもなく暮らしており、一部は夜盗化しているともいわれる。勝利の分け前を主張する北部同盟各派の内訌は必至であり、本当の和平と国家再建には、なおいまだしの感がある。
ある日、米軍特殊部隊や北部同盟兵士らが、空爆で殺した兵士らの遺体から、指を切り取って集めているという噂話を耳にした。米側がDNA鑑定をして、オサマ・ビンラディンやその側近のものか、確かめるためだという。山岳部を中心に猛爆撃を加えては、死体の指を切り落とし収集するという、およそ文明とも文化ともいえない作業を想像して、私は身震いしたことだ。
この冬、飢え死にしかかっている何万ものアフガン民衆のことなど全く眼中にない、ひたすら不気味な報復の論理だけが、ここには、まかりとおっている。
私はカブール滞在中に、日本でのいわゆる「不審船」騒動を知った。冷静な分析を欠いた過剰かつ居丈高な反応が相次いだ。そのとき、脳裏をかすめたことがある。不審船の出所とみられる国への、有無をいわせぬ「米国方式」の軍事攻撃である。杞憂であろうか。いや、アフガンにおける米軍の傍若無人のふるまいを見るならば、この暴力方式の他地域への適用は、現実的といわなくてはならない。いまから強い反対の声をあげておくにしくはないのだ。
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