◇原爆の犠牲者に鎮魂と慰霊をこめてこの書を捧げる◇
遺言「ノー・モア・ヒロシマ」 ― 未来のために残したい記憶
<ヒロシマ青空の会>
 この本は原爆投下前後のエノラ・ゲイの機内の会話から始まる。実にリアルである。そしてリアルであるが故に人間の脆さや怖さが露呈する。彼らには原爆が投下される街に暮らす多くの人たちへの思いは何もない。
 証言が始まる。
原爆投下直後の広島は想像を絶する。丸木夫妻の“原爆乃図”が脳裏に浮かんだ。が、それに留まらない惨状が語られていく。何度か中断しなければ、その現実のすざまじさに感性がついていかないほどだ。爆心地1キロ以内では、建物はおろか人までも一瞬のうちに燃えて黒焦げに。そして多くの人が全身を焼かれ、水を求めて川に入り、力尽きてそのまま・・。原爆投下直後の信じがたい情景は書き出せば切りがない。
 <目次>
 序文 未来のために
 B29エノラ・ゲイによる原爆投下
   ――TBSブリタニカ「エノラ・ゲイ」より――
廃虚の街に母をさがして 加藤浩
 原子爆弾の爆発時の状況
  ――「原子爆弾災害調査報告集」より
帰らぬ人々 熊本泰子
 天に焼かれる日    金崎 是(すなお)
    画集「天に焼かれる」スケッチより
 原爆の破壊力
暗闇の中から 桑原千代子
 爆発直後の闇 ―なぜ真っ暗になったのか
青い炎 平岡清子
 編集後記  ヒロシマ青空の会
ウェブサイト開設〜『ヒロシマ青空の会』
 生き残った人たちにとっても、被爆は一日として忘れることのできない重い現実として襲いかかる。
 多くの肉親を失ったことの悲しみや被爆による健康への不安、一生消えない火傷の痕などなど、多くの人たちを生涯苦しめる。

 「・・・でも、火傷の痕は残りましたね。腫れ上がって紫色になったり、ケロイドで、皮膚が平じゃないから、ひどいところは皮がつったようになって、見られんようだったです。今でも、色は違います。」 広島の暑い夏も決して半袖を着ることがなかったと続く。

 さらに“被爆者”ゆえの差別を恐れ、被爆の事実を隠して暮らす人も多かったという。
証言者のお一人はこう語る。
「ほんとうにひどい火傷を負った人、つらい体験をもった人は、話したくないんですよね。私はそんなんでもないからわからないけど、本当につらい思いをしたんだと思いますよ。」
 原爆は二度と使われてはならないし使われることはない。それが世界の常識だと信じていた。ましてアメリカの多くの人たちが「戦争の早期終結のために、広島、長崎への原爆投下は正しい選択だった」と思っているなどとは努々考えたこともなかった。
 スミソニアン博物館へのエノラ・ゲイの展示に際し、広島や長崎の人たちが“負の側面”の展示もすべきと抗議したというニュースで、この現実を初めて知らされた。
 「ノー・モア・ヒロシマ」をアジアの人たちはどう思っているのだろう?と考えることがある。
アジアの人たちも原爆投下によって日本の占領から解放されて良かった、と思っているのだろうか。日本は中国や韓国など多くの国での蛮行に対し、心からの謝罪をせず、自分たちの被害だけを誇張している、と思っているのだろうか。
 2003年3月アメリカ、ブッシュ政権はイラクへ軍事攻撃を始めた。
アメリカの安全を脅かす「大量破壊兵器がある」から、終いには「イラクを民主化するため」という理由で、10万ともいわれるイラクの人たちを殺し、街も破壊した。連日連夜の空爆に怯え、逃げまどい殺されていった多くのイラクの人たちの死をどう考えているのだろう。
 その時、“原爆投下を正当化する論理”と同じだと気づいた。“超大国”の指導者にとって、他国の市民の生死や暮らしはどうでも良いことなのだ。
 そんな折、「ヒロシマ青空の会」が発行した『遺言「ノー・モア・ヒロシマ」―未来のために残したい記憶』の存在を知り、読んでみたいと思った。わずかな残部の中から、幸いにもその1冊を送って下さった。その会は被爆者の貴重な証言を後世に残したいとの思いから、被爆された方にその当時の話を聞き、それを本に纏めている市民グループだという。
 語りたくもない過去を語って下さった方たちの気持ちに少しでも近づきたい、この方たちの気持ちをみんなで共有したいと切に願う。二度と原爆を使わせないためには、一人ひとりの“ノー・モア・ヒロシマ”が必要だと思うから・・・                               ( 2005.1.13 )

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