貧 困 の 克 服  ―アジア発展の鍵は何か―
                アマルティア・セン (Amartya Sen) /訳:大石りら
<集英社新書>
 ノーベル経済学賞の受賞者でもあるセン博士は「人間の安全保障」という概念の生みの親です。 『アフガン復興支援会議』では復興の“キーワード”としてこの言葉が使われました。この「人間の安全保障」とは、どういうことなのか? そんな疑問から、この本に挑んでみました。
 現代社会を見据えてその問題点を取り上げ、世界中の人たちが平和に心穏やかに暮らせる経済・社会の在り様を示唆しています。特に印象に残った考え方をピックアップしてみました。

3.普遍的価値としての民主主義
 20世紀は数々の発展を成し遂げました。しかし、そのなかで最も際立っているのは、民主主義の台頭であると迷わず言い切ることができるしょう。 ・・・もしも遠い将来に人々が20世紀に起こったことを振り返るならば、その人々もまた迷うことなく最高の統治形態である民主主義の出現こそ、20世紀の最もすばらしい発展であると考えることでしょう。
「民主主義と経済発展」
 飢饉は、自然災害のようなものとしばしば結びつけられてしまいます。たとえば、大躍進期の中国に発生した大洪水、エチオピアの旱魃、北朝鮮の凶作といった、自然災害のような眼に見える現象にだけ注目して、飢饉の単純な説明としてしまう論評がよくあります。
 しかし実際には、そのような自然災害やもっと恐ろしい災難に見舞われた多くの国々ですら、飢饉は起こっていないのです。なぜならば、それらの国々には、飢えの苦痛を軽減するために迅速に行動する政府が存在しているからです。飢饉の最初の被害者は最も貧しい人々ですから、たとえば、雇用計画などを立案して、飢饉の犠牲者になる潜在的可能性の高い人々のために、その食料購買力を高める新たな所得を創出すればよいのです。そうすれば、餓死は防止できます。
「民主主義の機能」
 民主主義とは正確にはいったい何なのでしょうか。私たちは、多数決原理だけが民主主義を代表していると考えるべきではありません。民主主義がしっかり機能するためには、多くのさまざまな要求が満たされなくてはなりません。その中には、もちろん投票や選挙結果の尊重などが含まれますが、自由を守ること、法的権利や法的資格が尊重されること、自由な議論が交わされること、公正な意見と情報が検閲なしに公表されることなども保障されていなくてはなりません。
[ 1999年 ニューデリー 『民主主義を構築する国際会議』 基調講演 ]

4.なぜ人間の安全保障なのか
「日常生活と生活の質」
 市場経済において、景気後退がしばしば起こるのは当たり前のことです。それを避けることなど、おそらくできません。状況がどのように悪化しても、人間の安全保障を実現し、日常生活全体の安全を守るためには、そのような将来のための社会的・経済的な備えが必要なのです。 そのためには、いわゆる経済セーフティーネットの準備や、基礎教育、医療による保障が欠かせません。弱者や被害者になりやすい人々の政治参加もまた特別重要な意味を持っています。なぜならばそれらの人々が発言力を持つことは真に大切なことだからです。
 それとともに、定期的な選挙が行なわれて野党勢力に対しても寛容な民主主義が確立されて十分な機能を果たしているだけではなく、国民に開かれた議論を愛する文化を育むことも重要です。民主主義的な政治参加によって人間の尊厳が守られることで、人間の安全保障を直接強化することが可能となるのです。 以上のことがらはすべて、景気後退に左右されずに日常生活を存続させ、また、飢饉の防止を通じて生存を保障することにも役立ちうるのです。
「情報とエコロジー」
 グローバルな環境保護については、大気汚染、水質汚染、温暖化現象、そして、現在や未来における安全で幸福な生活を支えてくれるものについては特別な注意を払うことが必要とされています。
 富める国々は消費スケールが巨大なので、この点に関しては特に、他の貧しい国々とは異なる立場にあります。しかし、経済的に発展途上にある国々もまた、環境問題に重大な影響を及ぼす可能性を持っています。それらの国々における経済発展のプロセスが進行するにつれてその影響は深刻になっていくことでしょう。
 また、設計や技術形態をあとから環境にやさしく変更することは、すでにそれが広く使われている場合には、大変なコストがかかってしまします。今の時点で未来のことを考えておかなくてはなりません。また、地域ごとの環境保護もその特定地域における生活の質を守るためには重要ですし、地域をないがしろにするようなことがあれば、必ず大きな被害が発生する可能性があります。
 [ 2000年 東京 『人間の安全保障国際シンポジウム』 基調講演 ]

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